まっ透明な世界のこと

あそべんきょーのことね

読んだ感想に、これを中絶した人が見たらどう思うかっていう趣旨の一文があったので、梨子と同じく流産した立場の私の感想を述べます



流産・死産を扱う脚本は、世の中に少なからずあります
それは感動や悲しみの涙を誘うための要素としてわりとありふれていて、経験してないときには気に止まることはほとんどない事だった
ドラマやアニメで登場人物の死を扱う場面が往々にあるように、これもわりと扱われること
だから、何も知らない、流産・死産を経験してない人から見たら、素敵な物語となると思います
ただ、経験者から見たら、いい作品悪い作品に関わらず、まず、自分の出来事が想起されます
どうしても、思い出してしまうのです
まず、それが辛いことです
受け入れていたとしても、自分が流産をした事実を思い出し突きつけられる度に、言いようのない寂しさやつらさが胸に沸き上がります
その気持ちを抱えながら私たちは続きを見るのです
この気持ちは、当事者じゃないとわからない


まっ透明な世界の住人は、産まれる前になくなった水子で、親が死ぬ前にのみ現れることができます
これは、私にとって、幸せなことなのか、どうなのか
まったく、わからない…
どれだけか時間が経てば、考えられるのかもしれませんが、現実にはありえることのないこの問題を、あえて考えることを頭は拒否しました
そして、物語は物語だと割り切り鑑賞するに務めた覚えがあります
隣でみていた、私の流産の一部始終を知っている妹は、私の隣でどんな思いで見ていたのでしょう…観劇後も、舞台の内容について私たちが言及することはありませんでした
やっぱり、気まずいというか、思い出したくないとは言わないけど時と場合を選びたいと思うのです

なので、結果として、話は素敵だったし八島も良かったです
でも、好きな舞台とはなりませんし、もう一度見たいとも思えませんでした
あまり、流産や死産を扱って欲しくないのが正直な気持ちです
コードブルーの看護師の流産の回も、非常につらかった…